2026年05月25日

新しいPCも届き

えっちらおっちらと設定もほぼ済んだかなと。
シノハラさん初Win11マシンですが、
MS-DOSからまぁなんとここまできたんだなぁと、
なんとも感慨深いですナ。

いつだったかなぁ?
シノハラさん世代が義務教育でDOSマシンの授業受け始めたのは?中学生だったかな?
ちなみにシノハラさん個人はそれ以前からベーシック触ってた。
それからすぐにwin95で一気にPCが一般普及し始めて、
それからしばらくしてiMacが一世を風靡して、
シノハラさんは当時秋葉原のゲートウェイで初めてpen3‐WinMeマシン購入して、
マシンの進化も日進月歩で、貧乏シノハラさんは買い替えるお金なんて持ってないから
使えるパーツを流用しながら継ぎはぎフランケンみたいなpen4‐WinXP作って、
そっから修理、自作スキルが少し身についた・・・のは怪我の功名だったかも。
あの当時googleがここまで躍進するとは思ってもいなかった。
で、そっからCore2duo時代でシノハラさんはラップトップに移行、
ThinkPadのキーボードじゃないとろくにタイピングできないくらいに飼いならされてた。
CubaseとFLstudoを乗っけたPCとインターフェイスとマイクをバックパックに詰めて
都内をあちこち回っていましたなぁ。
マッキントッシュもintelCPUになったあたりからソフトウェアも64bitに移行し始めたのだったかな?
そんでこのあたりからわりと製品としてハード、ソフトも品質や価格、互換性が安定し始めて、
そんなにあわてて新製品新規格とか意識しなくてもよくなった気がしますなぁ。

思い出として、あの頃の秋葉原が一番サイバーパンク+ハードボイルドな雰囲気だったかもね。
怪しいジャンク屋で無保証メモリやケーブルやHDDを買い込んで、サンボで牛丼掻き込む・・・
今思い返せば本当にいい青春を過ごしたんだなぁ・・・
トータルでは灰色の青春とも言えなくもないかもですが、
いや、でもやっぱり我武者羅で自分自身を全力で世界にぶつけた良い青春でしたかねぇ?
どうだろう?
それから秋葉原も某涼宮さん以降雰囲気が変わり、
その後凄惨な事件が起き・・・
その報道を会社のTVでリアルタイムで見てたって感じですかね。
その後も大阪方面だったかでやっぱりゲーム音楽にかかわる人が通り魔に刺されて亡くなったり、
それが元同僚の知人だったりもした。
シノハラさんがお世話になった方も、あれやこれやと時と共にたくさん亡くなっていった。
自分が生き残って、こうして新しいPCに触れていることが
なんだか不思議な感じもする。いろいろ考えちゃうな・・・

ともあれ、新しいPCちゃん。シノハラさんの頼もしい新しい相棒。
細く長く元気に付き合っていけたらなって思っています。


・・・さぁ、旧PCよ、お前はMini-ITXフランケンPCにしてやるぅ!(まぁおぃおぃ)
posted by ジローシノハラ at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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